本当に久々の復活です!Silicon Cafe'ファンの皆さま(そんな人おるんかいっ?)、ご心配をおかけしました。話せば長い事柄が次々と起こり、全然ページを更新することが出来ませんでした。しかし、本日こうして、ようやく復活!これからも頑張っていきますので、宜しくね!
この前の日記が11月19日ですから、やく20日間ストップしていたことになります。その11月19日以降、大きなイベントとしては、DC工房のオープニング(11月22日)、その後の東京出張、シリコンカフェの忘年会、関西DTP協会総会…と色々あり、仕事もHTMLからデスクトップビデオ、DTPとこなしてきました。Net64の調子が悪く、自宅からメンテできない状態が暫く続いたのです。
その後、最大のダメージは森川の肩が壊れた!ことです。
12月の初旬に突然、肩が動かなくなりました。肘から先は動くのですが、自力で全く肩が上がりません!!現在も殆ど動かず、毎日、芦屋接骨院に電気治療、温熱療法、マッサージ、テーピングをしております。マジです。原因は?過度の筋肉性疲労…はっきり言って40肩です。(とほほ)37歳にして40肩は悲しい。
これも職業病です。コンピュータで仕事している皆さん!気を付けましょう!
さて、休んでいるあいだにも色々なオモロイ話しがありました。おいおいここで書き綴っていきます。また、色々面白いページの企画もどっさりありますので、お楽しみに…。とりあえず今日はこの辺で
1週間前に忘年会があったのですが、そこで飲み過ぎて「べろんべろん」になって帰ってきたそうです。“きたそうです”というのは全く記憶が無いのです(笑)
まあ、無事に帰ってきたからいいのですが…。 …しかし、本当に無事に帰ってきたのか?これが問題。というのも先週からの「肩が上がらない」「腕が動かない」事件は、この忘年会以降の出来事だからです。つまり、忘年会で暴れて肩を脱臼した(?)のではないか?という疑惑がかけられています。べろべろに酔っぱらって、どうやって帰ってきたのかさえ記憶が無いのですから、その空白の時間に何かがあったのかもしれません。
昔は毎日のように酒を飲んでましたし、その量もボトル1本は平気でした。でも、最近確実に酒に弱くなっている。しかし飲むとその事を忘れてしまう。これは危険です(笑) いずれにせよ、師走です。お酒を飲む機会も多いですから気を付けましょう。年末の忙しい時期に仕事に支障をきたしてはあきまへん。
以前、この日記のコーナーでボクは差別用語を使ったことがあった。「デジタルカメラといっても所詮はパチカメだから4歳の子供でも撮影できる」という部分を「デジタルカメラといっても所詮はバカチョンだから4歳の子供でも撮影できる」と書いてしまったのです。その2日後にある方からEメールで「文中に朝鮮人を差別する用語が記入してある」という指摘を頂きました。
実は恥ずかしながらボクはこの言葉が差別用語だとは全く気が付かなかったので、訂正をした次第です。 この夜、差別用語について長時間考えました。(指摘して下さった方も悪気があったわけではなく、ボクの方も感謝している位です)InterNetとは影響力のある媒体になる可能性、既に媒体であること、差別問題、逆差別…。とりあえず、ボク自身仕事で原稿を書くことも多いので、今後差別用語には十分に気を付けよう!というのが結論。
しかし、差別問題と表現の関わりは、今後もイロイロと問題になることでしょう。最近も「あんみつ姫」の本が回収になったりしてます。少し前はてんかん協会と筒井氏の断筆宣言。小林よしのり氏の「ゴーマニズム宣言」も興味深く読んできました。勉強不足で、よく分からないのが、今回のあんみつ姫をはじめとして、カルピスのロゴマーク、ちびくろサンボなどの「黒人差別」。
ボクは個人的にちびくろサンボが大好きだったので、現在地球上からあの物語がなくなったのが、とても悲しいです。虎がバターになって、サンボくんが最後にホットケーキを食べる絵本を今でも思い出してしまいます。ホットケーキが好きだったのは、あの絵本のおかげでしょう。しかし、そのサンボ君のせいで傷つく方々がいらっしゃるのなら、絶版にすべき本なのでしょう…ね(か?
といっても大袈裟なものでなく今年お世話になった親しい友人、6人のアットホームなものでした。忘年会というと、昔から大人数が集まるものばかり参加していました。以前所属していた会社も30人からなるデザイン会社でしたから、関係者を招待するとあっと言う間に70~80人になってしまう。昔から酒のつき合いはいい方なので(笑)2次会・3次会…とつき合って、気が付くと深夜どころか早朝!なんて事も多かったですね。 それに比べて今年の忘年会は、総勢6人ですから、とてもくつろげるものでした。
…で、なによりシリコン・カフェとして独立後、初の忘年会というのも嬉しかったです。独立後、仕事に追われ、借金に追われ(苦笑)小人数とはいえ、お客さんを招待したのは初めてなのです。
それにしても今年は本当にイロイロあったなあ…としみじみ思いました。何よりも1月17日の阪神大震災。当時のことを思うと、こうして忘年会ができるなんて夢のようです。そういう意味でも今年は本当に色々な人にお世話になりました。その後のDC工房誕生や、ここのホームページ開始も今年の重大ニュースです。 来年は今年よりもいい年にしたいです(毎年そお思うのですが)
DC工房もスタートして、最近ようやく生活のリズムが整ってきました。
今までは芦屋の自宅で仕事をしていました。100%自宅仕事ですからそれなりのリズムが整っていました。自宅の仕事は通勤時間を必要としません。徹夜の仕事も仮眠できます。風呂にも入れます。風呂上がりにパンツ一枚でも仕事ができます。コンピュータと電話とファックスとInterNetとISDN Net64があるおかげです。
インターネットマガジンの先々月号では『SOHO』といってスモールオフィス/ホームオフィスという特集をしていました。ボクなんかもSOHOなんだなあ…と実感していました。
そしてDC工房。兵庫県の震災復興プロジェクトとしてスタートしたこの施設は通産省の全面的な支援もあって、1億7千万円の予算でスタートしたデジタル共同利用施設です。実はこの施設の発案者はボクなのです。震災後ボクやボクの周りで起こったデジタルクリエーターの問題点は「仕事がない!」ということ…。その問題を切実に書き綴り、企画書にまとめて提出したものがトントン拍子に進んだ企画なのです。
DC工房の大きな特徴はSGIのCGマシンやAVIDのノンリニア編集機などの最近のデジタル器材もさることながら、インキュベート施設として8人のパイオニアベンチャーを施設内に入居させ育てる…というものです。つまり器や器材だけでなく人間やネットワークを大切にするということなのです。
言い出しっぺのボク自身も入居しました。SOHOを目指していたボクがここに入居したのは、器材の魅力もさることながら、人間同士の新しい出会いの場所です。自宅で仕事をしていて不足になりがちなコミュニケーションをここで補おうと思ったのです。しかし、実際に入居してみると快適な器材環境に毎日DC工房に足を運んでしまうようになりました。最近までは自宅と工房の仕事場としてのバランスの取り方が難しかったのですが。最近ようやくリズムが整ってきました。
結果的には今後も毎日のように、工房に足を運ぶことになりそうです。もしかすると来年工房のそばに引っ越してしまうかもしれません…なんてね。
…といってもホームページの話です。DC工房のサーバーの中に、このシリコン・カフェのページを移転する予定なのです。
たぶんhttp://www.digitalstudio.or.jp/siliconcafe/になると思います。実はその準備をしているのですが、これが結構大変なのです。まず、ページ内に記述されているメールアドレスの変更。なにしろ200ページ以上のHTML原稿を変換するのに一苦労なのです。ついでに、ディレクトリも変更したいし、今までのファイル名でアルファベットの大文字を小文字に変えようとも思っています。なにぶん今までいい加減にHTMLを書いて来たので、こんな目に会うのですが(とほほ)
実は既にhttp://www.digitalstudio.or.jp/siliconcafe/は存在しているし、何時でも引っ越せる状態なのですが、「この際だから…」と思ってやり始めた準備が結構ハードなので引っ越せないでいるのです。ひょっとすると、引っ越しは年末から正月にかけて行うかもしれません。
本日の買い物: ■MAC FUN/1.1号 ■MEDIA FRONT/1月号 ■研修医なな子/1巻/森本梢子
先日買ったInterNetMagazineが分厚くなったのには驚いたが、今日買ったMEDIA FRONTが薄くなったのには、もっと驚いた。広告の扱いが減ったのかなあ…。気のせいかなあ…。「研修医なな子」は「わたしがママよ」よりも面白い。
要するにDC工房の資料図書(CD-ROM含む)購入窓口になってしまったのです。予算は250万円。
そのうちコンピュータ関係の図書費が150万円。 クリップアートなどのCD-ROMの予算が100万円。
いや~、これがやってみると結構大変。MacintoshやInterNet、コンピュータ関連の資料図書で150万円使うというのは…。 ちなみに自宅にあるコンピュータ関係の入門書、専門書などをそのままMicrosoft Excelに入力してみても80万円弱。
本に埋もれていると自負していたボクですが、実は大したことがないと分かりました…はは…。 とにかく年内に予算を使いきってしまわないといけないので、結構ハードです。気分は『がっちり買いまショー』です(古い)。
ちなみに選定した本の中には、図書委員特権でホームページ制作の資料…と称して「怪獣・ヒーローウルトラ百科」とか「SF映画大全集」などもいれておきました。 もちろんゴジラ関係の図書も(笑)
ボクのような奴にも師走はやってくる。ボクのような奴でも師走は忙しい。師走だからだろうか?仕事が次々にやってくる。毎日、いろんな人と会わなければならない用事がある。仕事をすると、お金がもらえる。お金がもらえると嬉しい。だから、仕事は嬉しい。
…筈なのに。 当然、昨日の日曜日も一日中仕事をしていた。朝から晩までホームページ作成の仕事をしていた。一日中エディタとAdobe Photoshopとネスケが立ち上がっていた。家族が外出していたので、ダイエーで弁当を買って食べながら仕事をしていた。
…なんとなく憂鬱な気分になる。それでも仕事はやってくる。 師走…。
本当に年末になって、今まで決まらなかった仕事が本決まりになってやってくる。これを年末進行と言うのだろうか?
果たして師走だからだろうか?嫌な予感がするのは年明け早々、このペースが続きそうな気配がすることだ。
本日の買い物: ■MAC LIFE/1月号
MEDIA FRONTが広告が減って薄くなっても、相変わらずMAC LIFEは広告掲載のチャンピオンだ。今月号の168ページの広告はボクが作りました。
殆ど毎日、朝方まで仕事をしている。ここのところ平均睡眠時間は4時間弱。肩と腕は未だに痛む。悲しいことに医者に通う時間もない。毎日トホホ…の状態です。
今年も残すところ、あと2日。ようやく仕事が一段落つきました。この10日間位、平均睡眠時間4時間のまま、へろへろになって仕事をしていました。ほんまにへろへろでっせ!自宅で仕事をしているので、少々時間に余裕がある筈なのに…。
家で仕事をしていて風呂に入る時間もない(ごっつい無精髭です)、メシもモニタの前で食べています。家庭内単身赴任状態でありました。 やっぱり一人で仕事をすることの限界なのでしょうか?でも、いいや!とりあえず今年の仕事は全部終わったもんね。
後は家の大掃除と、年賀状…。いや、まてよ…結構冬休みの宿題が沢山あるゾ。企画書が3本とカンプが1本、シリコン・カフェのホームページも模様換えしたいし…。ええい!考えると憂鬱になるので止めよう 正月は何処へも行かない予定です。
休み明けには家の法事があるので、来年のサンフランシスコのMACWORLDは残念ながら行けなくなっちゃいました。正月はゆっくり酒でも呑みたいですな…。
先日通販で注文したビデオ(2001年宇宙の旅&ブレードランナー最終版、なんと2本で3000円!)でも見ながら…。 明日からは少しづつシリコン・カフェホームページを改装したいと思っています。
今年もあと1日。1995年は阪神大震災、オウム真理教をはじめとして色々な事件があり、激動の年などと言われた。確かに社会の動きも慌ただしかったけど、ボク自身もイロイロと変化のあった年だった。今年の5大ニュースを個人的にまとめてみました。
…芦屋市若葉町の高層マンションの中はむちゃくちゃ。当時の模様はあちこちの雑誌に原稿を書いたりしたが、今読み返しても当時の模様がリアルに思い出されてしまう。とにかく信じられない光景の連続だった。一番印象的なのはそこに流れている人々の気持ち、というものだ。なんとも言えない絶望感や終末意識というものが町全体を覆い尽くしていた。きっと戦争とかってこんなんなんだろうな…。幼い頃母親に聞かされた空襲体験というものを思い出した。
…震災後、ボク達は芦屋を脱出して実家に疎開した。疎開先といっても関西圏なので本棚が倒れたり、マンションの壁にひび割れが起きたりしたが、それでも被災地と比べると雲泥の差である。毎日被災地の情報が入り、テレビばかり見ていた。仕事をしなくちゃ…というプレッシャーと戦う毎日だった。
…震災後関西のMacintoshユーザーはFirstClassというBBSで情報交換を行った。後にディジタルクリエート工房(DC工房)設立のきっかけもこのBBSでの情報交換だった。ボクは仕事場は勿論、クライアントも崩壊してしまったので、その危機感から『仕事がない!』というメッセージを書き綴っていた。ネットワークの重要性をしみじみ感じた。…結局、今年のニュースのベスト3が震災関連になってしまった。
…通産省と兵庫県の震災復興プロジェクト=ディジタルクリエート工房の設立のキッカケは、ボクがBBSに流した『仕事がない!』というメッセージだった。「共同利用施設が欲しい」という希望が叶えられる…と聞いたとき、思わず耳を疑った。その後6月に霞ヶ関の通産省で打ち合わせするまで(この時はサリンが怖かったです)信じられなかった。
…1月のMACWORLD Expoはボクにとって初めての海外旅行だった。関西のパワーユーザーのツアーだったのだが、ボクだけ出発日が遅れて、一人で出国。サンフランシスコのホテルまでたどり着く。という当たり前のコトに一番ドキドキして、楽しい旅行だった。実はMACWORLDよりもサンフランシスコやロスアンゼルスの市内探検が楽しかった。その後。イロイロと価値観が変った気がする。影響力の大きな国である。
とりあえず、ここまでが5大ニュースかな。 その他にもDC工房工房に入居したり、MACWORLD TVに参加したり(震災後の赤字状態でノーギャラ・交通費自己負担は苦しかった)こうしてInterNetホームページを作成したり…。今までにはなかったことをはじめた一年でした。とりあえず、ここに書き留めておきます。
さて、年末なので大掃除を開始する。よくぞまあ、ここまで汚くなるものだと言うくらい、仕事場はむちゃくちゃなのである。とりあえず、片づける。部屋を片づけると。呆れるくらいフロッピーディスクとMOディスクとCD-ROMが出てくる。特に雑誌の付録のCD-ROMの多さには呆れてしまう。積んでみると、薄っぺらいCD-ROMが5センチにもなる。このCD-ROMをどうしようか?悩んでいる。おそらくこの先見ることは殆どないだろう。 大量に処分したのは打ち合わせの書類・資料・メモ関係だ。ゴミ袋3つ分もある。悩むのは資料とゴミとの区別がつかないようなもの…。イベントのパンフレットとかカタログである。デザイナーという職業柄、なんでも資料として残してしまう習慣が悲しい。
同じことは雑誌類にも言える。Macintoshやコンピュータ関連の雑誌をどうしようか? こう考えてみると、普段使わないもの、読まないものの多いことに気が付く。雑誌なら必要な記事や広告を資料として保存しておくことが出来るが、一般図書になるとそうもいかない。何となく捨てるのが惜しいのである。困った貧乏性である。
「マルチメディアなんたらかんたら」「インターネットなんたらかんたら」とかいう本なんて、一度読んでしまったらもう殆ど読み返すことはない。並べておくだけのインテリアとしては、汚らしいし…(全集とかだとまだ並べておいても綺麗だが)人間、本当に必要なものってなんだろう?と考える。今日もかなり決心をして色々なものを捨てた。「捨てる快感」というものもある。部屋がすっきりしていくと嬉しいものだ。けど、そこに詰まった思い出や情報も捨て去ることに、少しだけ寂しさを感じることも事実だ。
大袈裟な話しになるが、人生を前向きに居きるのならば、過去の思い出なんて、大きく処分する方がいいと思う。最低限の記録を残そう…という意志ならば、このインターネット日記で充分かもしれない。デジタルデータで残しておけば、いい。
仮にデータが破壊されてしまっても、それはそれで、「そおゆうものだ=カート・ヴォネガット風」と諦めも付く。 ボクの場合広告にしろ、文章にしろビデオにしろ、音楽にしてもカタチとして残せるものがあればそれでいいと思っている。自分が作ったものまで捨ててしまうのは悲しいが、なくなってしまったものは仕方がないと思うようになった。
ほんの少し前までは街中の様子はクリスマス一色だったのに、今は迎春を迎える準備で忙しい。ウチの近所のダイエーも、今年は仮設住宅によって地域の人口が大幅アップしたせいで、大賑わいである。正月の準備に買い物につき合ったのだが、午後2時には殆どの正月用品は売り切れ!という現象が起こっていた。その分1月1日元日も営業するという。商品も元日に入荷するらしい。なんと商魂逞しいこと。しかし、考えてみればその商魂が地震の直後被災地を救ったことになったのだから。地震の直後、救援物資よりもダイエーの商品の方が素早く対応していた。ありがたいことです。(とほほ)
ここのところ、年賀状ばかり書いている。「来年こそは、いい年でありますよう…」という毎年通例の文句が、今年は妙にリアルに感じる。 ボク自身、年の後半は仕事も忙しくなり、少しづつ経済状態も回復してきたのだが、やはり年間を通してみると、大幅な赤字の年になってしまった。1月17日から3ヶ月は、全くと言っていいほど仕事がなかった。その赤字は、借金を抱える個人経営者にとっては大変厳しいものだ。年末は殺人的な(笑)スケジュールで平均睡眠時間が4時間だったことも、うれしい悲鳴だと思わなければいけないのだろう。これまた、とほほ(笑)ですが。
しかし、そんな中でも家族が無事だったことは大きい。昨年、ボクは父を亡くしている。その寂しさは年末から今年の正月にかけて実感した。その年に震災。今年は大きな災害に遭遇しても命があったことに感謝したい。地震で命を落とした人もいる。普段は普通に過ごしているので、日常では感じないのだが年賀状が「喪中」であることで、そのことを思い出してしまった。知人の住所も仮設住宅が多い。 苦しいことを簡単に忘れてしまう性格は、いいこともあるが、たまには地震の時に感じた「命の大切さ」を思い出してみるのもいいかもしれない。