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初めてのMACWORLD Expo(以下、Expo)は1991(平成3年)、季節は同じように2月で寒かった。当時のボクは全くのMacintosh(以下、Mac)初心者だった。前の年(1990年)の秋に仕事でMacintoshに遭遇した。当時抱えていた仕事で、イラストレーションの外注としてCGを使ったのがそのきっかけだった。

その出会いをきっかけに、同じ年の冬(確か11月の終わる頃だったと思う)、自分自身でMacを操作したい欲求が爆発して、会社としてMacを購入した。当時購入したマシンはfxというマシン。さらに当時はめっちゃ高価だった21インチモニタ、しかもフルカラー用のボードまで購入、しかもそれを2セット。加えてポストスクリプト対応のOKIのプリンタまで含めると、当時の金額で高級国産車が楽勝で購入できるくらいであった。

そんなパソコン事情の中、ボクたちは大金を払ってMacを導入した。その目的は当時注目され始めたDTPを実践するためである。今でこそ、DTPはデザインや印刷会社の中ではスタンダードなものになっているが、わずか10年前は、ごく少数の「冒険心溢れるお調子者」を除いて誰もその存在を知らなかった。

そしてDTPそのものも世の中に登場したばかりで、特に日本語という2バイトコードを抱える我が国では、まるで使いものにならないのが現状だった。

まあ、この辺の話は何度か書いてきたので、また老人の愚痴か…と思うかもしれないけど(笑)そんな状況の中ボクは第一回のExpoのために、幕張メッセまで出張することになった。

●取り残された孤独感……


Expoの存在を知ったのはMACLIFEという雑誌であった。その広告を見て電話をかけた。カンファレンスチケットは3万円もしたのでアキラメタ。なにしろ、会社ではまるで使いこなせていないMacのために、わざわざ東京まで出張すること自体、会社に対して心苦しかったのだ。

確か、第一回のExpoは3日間の開催だった。2泊3日の予定で東京に向かったが、幕張のExpoを見学したのは2日間だけだった。残りの1日は東京都内のコンピュータ会社と打ち合わせがあった。宿泊も東京都内、実は幕張周辺でホテルを取ろうとしたのだが、申し込んだのが直前だったので、どのホテルも満室。それならば東京都内で泊まろうと思ったのだが、あいにくの受験シーズンでこれまた満室。東京都内のホテルを片っ端から電話したことを憶えている。

さて、肝心のExpoだが、実はあまり憶えていない。第一回のエキスポにしては出展社は充実していたと思う。とゆうより、当時のボクのMacに対する知識やスキルを考えると、何を見ても感動したことを憶えている。

「へえ〜、コンピュータでこんなことができるんだ〜」ってな感じで…。もともとMacでDTPを行なうために導入したので、一番興味があったのはDTPとグラフィック関連のソフトウエアだ。

当時はAdobe IllustratorのバージョンはやっとIllustrator88からバージョン1になった、Adobe Photoshopは出荷されたばかりで、もちろんバージョン1。QuarkXPressは確か2.2でPageMakerはアドビに買収される前のアルダス製品で3だったように思う。そしてボクはその殆どのソフトウエアを使いこなすことができず、毎日Illustratorのベジェ曲線と格闘していた日々だった。

Expoで思ったことは、その人の多さ。自分の仕事の周辺でMacを使っている人って、本当に少数。もっともっとマニアックな世界な出来事だと思っていたのである。しかし、幕張メッセはごっつい人でごった返していた。その多くの人の中でその時のボクは自分がMacに対して持っているスキルのレベルの低さを恥じて、キョロキョロしながら歩いていた。

あるブースでIllustratorをデモしている。見学者の誰かが専門的な質問をしている。見学者の誰かが、マウスを自在に操りベジェ曲線をコントロールしている。それを見るだけで、自分自身がどんどん卑屈になった。横で聞き耳を立てているのだが、だんだん何を言っているのかが解らなくなってくる。この時程、自分がアホだと思ったことはない。

会場の殆どの人がばりばりのMacパワーユーザーのように思えた。ボクの上に何万人もの優れたクリエイターが存在するような気がした。事実そうだっただろう。そういったコンプレックスに固まり、そしてDTPやグラフィック以外のMacの可能性を見て、大きな壁にぶち当たったような気がした。バラ色の可能性を持った世界の中で、ボクだけが一人で取り残された孤独感を味わっていた。おれは一体なにやってるんだ!

本当に憂鬱な気持ちで会場を後にして、新幹線に乗り込んだ。帰りの新幹線で乗り越えなければならない大きな山をイメージしていた。それはとても大きな山だった。コンピュータでデザインすることの大きな可能性をさんざん見せつけられた。

けど、ボクにはベジェ曲線もまともに操作できない。…負けたくない。悔しい…。そんな気持でいっぱいだった。会場で貰ってきたもの凄い量のパンフレットに目を通しながら、一人で「頑張るぞ!」って心に誓った。夜の新幹線はそんな決意をするのに向いている。
そして、頑張って来年は卑屈な気持ちにならないで、またExpoに来たいと思った。帰ったらIllustratorを特訓しようと心に決めた。

●今年も肉体労働

あれから10年以上たった。最初のExpoからボクは、関西在住でありながら全てのExpoに足を運んだ。玉井さんに誉めてもらいたい(笑)。そして、この5〜6年は「仕事として」Expoに参加している。この10年でExpoに関わっているスタッフのみなさんや、いろんなブースのスタッフ方々とも知り合いになれた。会場では懐かしい人にも沢山会う。パーティでは5歩動くごとに誰かに声をかけられる。ありがたいことである。

今年は昨年同様に、マクロメディアのブースでデモを行う。30分弱のステージを1日5回平均で行なうという過酷な肉体労働である(笑)。特に昨年などは、全くの別件でWebサイト構築の仕事を抱えていたので、専用線が引き込まれているブースの内部で、クライアントの訂正紙とにらめっこしながら、ずっと仕事を続けていた。ある意味で、夢を売っているExpoのブースの内部では、ごっついベタベタの仕事をこなしていたのである。現実とはそんなもんだ(笑)

そんな仕事をしていたからこそ、その欲求不満を爆発させるために、ステージのデモではマシンガンのように喋りまくった。なんだかんだ言っても、あれだけの大きなステージでデモを行うのは快感である。それも喋っている間に、ドンドン人が増え通路を塞いでしまうようなあ人垣ができることは、やってる本人はめっちゃキモチいい。もっとも周囲のブースからは苦情が沢山来るらしいが(笑)。
やはりボクにとって、MACWORLD Expoは特別なイベントだ。ものすごいハイテンションだし、過酷な仕事にも関わらず気分は「お祭り」である。

Expoにはいっぱいの思い出がある。個人で幕張のホテルを借り切って行ったイベント「DTP NIGHT」や、展示会場で徹夜で作業をした「MACWORLD TV」など。二度と経験できないことばかりだ。だけど、ボクにとっての Expoの最大の思い出は、第一回の悔しい思い出が一番かな。そう、だれだってやればできるんだよ。がんばろうよ。

さて、今年のエキスポもマクロメディアのブースで暴れています。23日には国際会議場でカンファレンスも担当します。そうそう期間中、他の仕事でテンパらなければ、レポートページもアップしていく予定なので、会場に来る人も来れない人もアクセスしてみてね。それじゃ、幕張で会いましょう!

※この原稿は日刊・デジタルクリエイターズに掲載したものです。

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