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Webマスターの日替わりコラム 1月2日・年賀状

元日から続々と年始電子メールがやってくる。ありがたいことである。それに比較して年々、年賀状の数が減って来ている。もちろんその要因は私にあって、この数年は年賀状を出さない生活をしていたからである。さらに昨年、長年住み慣れた関西を離れて、東京に移り住んだことも大きい。

その頂いた年賀状を見ながら、色々なことを考えた。やはり年賀状が少ないのは寂しい。昔は私自身もPhotoshopを駆使して画像を合成し、様々なフォトモンタージュするのが年末の楽しみでもあった。頂く年賀状も、色々とアイデアをこらしたものがあったり、家族の写真があったりと、何年も会っていない知人でも年に一回、消息を確認できるものでもあった。

確かに電子メールで年始の挨拶をするのは、簡単だし、年賀状よりも多くのメッセージを書き込むことも可能だ。、しかし、それはそれで味気ないのではないか…と思うようになった。そして、それはインターネットやパソコンそのものに対しても同じ事を思うようになった。

インターネットによって多くの見知らぬ人たちに情報を発信することは素晴らしいことだと思う。知りたい情報を検索して瞬時に知る事は便利なことだと思う。しかし、それは年賀状と同じで何となく味気ないように感じるのだ。私がインターネットに出会ったのは1995年。さらにその前の1989年にはパソコンに出会っている。どっちも人々の生活を便利にして、思考や表現とか、色々なものを豊かにしてくれると信じていた。どんな時代にも新しいものは異端であり、多くの人々は拒否反応を示す。コンピュータが登場した時に、機械化社会がどうのこうの…なんて話は今では笑い話にもならない。私はコンピュータが登場した時も、インターネットに遭遇した時も、こうした道具や構造は人々を豊かにするものだと信じて疑わなかった。

しかし、インターネットやパソコンは本当に人々の生活を豊かにしたのだろうか?もちろんここで「だからコンピュータなんかに頼らずに仕事をしよう」とか「やはり人間は自然に帰るのが一番だ」なんてアホな考えを言うつもりはない。そういう事を言う奴に限って、インターネットもパソコンも使った事がないか、ドロップアウトしたかのどちらかだ。

確かにインターネットは便利で、コンピュータを中心にした新しいテクノロジーには、いつもワクワク・ドキドキする。便利なものはどんどんジャブジャブ使って楽しく生きればいいのだ。そう思ってコンピュータやインターネットに向い合ってきたし、その進化のスピードは衰えるどころか、増々加速している。

正直、進化のスピードが早いことによって、疲れているのかもしれない。しかし単にそういった疲れだけではない、得体の知れない寂しさと不安を感じているのだ。それが何なのか解らない。単にバランスを欠いているだけなのかも知れない。もはやインターネットとかコンピュータとかの世界を誰もバーチャルなんて言わないけど、実際にはそういった現実との差異は存在しているのではないだろうか?

テクノロジーの進化は、それに伴って関わる人間の価値感に大きな影響を与える。そのスピードが余りにも早い時、何らかの機能不全を起こすことは当然のことかも知れないが、私が不愉快なのは、その原因が明確に説明できないことだ。

年始早々に来年の事を言うと、鬼も大爆笑するだろうが、来年は年賀状を書こうと思う。そして今年一年は、そのゴールに向うための準備を日々行なうような行動のサイズを決定して行こうと思う。


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