
雑誌MAC LIFEが廃刊になったらしい…。
詳しいソースは見ていないので、詳細はよく知らないけど、
編集・発行を行っていたBNNそのものも、活動を休止したようだ。
なんとも時代の流れを感じてしまう。
コンピュータ歴10年以上で、グラフィックに関わっている人間ならば、
殆どの人間がMAC LIFEのお世話になって来たと思う。
実は私自身も10数年前に「MAC LIFE別冊・DTP導入ガイド」という一冊の雑誌のせいで、
カッターナイフとロットリングとトレスコープとオサラバした人間であるからだ。
当時のDTPの環境は、PSフォントが2書体しかなく
イメージセッター経由の出力では貧弱なものしか作れなかった。
ビジョナリーを経由して、サイテックスのレスポンスにデータを渡す…
などという、極めて複雑で高度で、かつコストがかかる仕事しかできなかった。
今も昔もAppleの提唱する世界は、少しだけ未来を見せてくれる。
DTPもそうだったし、DTMもそう、そしてDTV。
コンピュータの中で動画が扱えるという環境…
そうQuickTimeを始めてみた時のショックは今でも忘れられない。
しかし、少し先の未来に焦点を置き過ぎて現実を忘れてしまいがちなのが、Macintoshの世界なのだと思う。
事実私がDreamweaverやFireworksを操作している環境はすっかりWindowsになってしまった。
MAC LIFEってのは、そんな未来をスタイリッシュにかいま見せてくれる雑誌だった。
今で言うならインターネットマガジンみたいな存在。
紙面の殆どが広告による分厚い雑誌だった。
その広告の殆どがカラーで気合いの入ったものだった…。
私はMacintosh系の雑誌では、MacPowerとMacFunには原稿を執筆した経験があるのだが、
MAC LIFEには原稿を書いたことがない。
その代わりMAC LIFEの全盛時には、多くの広告をデザインした。
ほぼ毎月何かしらの広告を作っていたような気がする。
う〜〜ん、改めて思い出しても懐かしさで溜息ばかり出てしまう。
けど、それはもうすべて過去の事。過去の思い出なのだ。
人は想い出だけでは生きて行けない。
今闘っているフィールドを全力で前進し、必死で死守しなくてはならないものがあるはずだ。
私にとって、コンピュータはすっかり道具になってしまった。
それも生活の糧を作り出す極めて大切な道具だ。道具の性能は生産に直結する。
だからWindowsを選択した。現在メインに使用しているアプリケーションは
MacOSでは、なにかと不都合が多い。ゆえにペンティアム4/2ギガ。メモリ1ギガを選択しているだけ。
さすがにこれだけのスペックだとストレスなく、アプリケーションが動作してくれる。
でなければ、美意識のカケラもない、ダサダサのWindowsなんて使うわけがない。
もちろん、この先MacOSXがパワーを増してくれれば、そっちに移行する。
ただそれだけのこと。個人的にはWindowsを使っているのは寂しいし、屈辱でもあるのだが。
…ん?MAC LIFEの話だったのに、なんでこうなったんだろ?
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