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このページに掲載した原稿はメールマガジン「日刊・デジタルクリエイターズ」(発行部数19000部)の2001年8月28日に掲載されたものです。
決別と再生の夏

私にとって夏という季節は、身の回りに変化の起きる季節だ。

思い起こせば、現デジクリデスクの濱村さんと一緒に、店頭で発売するG-TOOLのための素材作りをしていたのも夏の暑い日。
その後、デジクリを運営していた親会社が倒産して路頭に迷ったのも暑い夏だった。
ちなみに私の母親の命日は8月15日の終戦記念日である。

私にとっての夏は、決別と再生の季節なのかもしれない。

実は夏を前にして引越しをした。高校時代から20年以上も住み慣れた関西という土地を離れた。
現在はどちらかというと関東圏の地方都市の一戸建てを借りて住んでいる。
以前住んでいた場所に比べると、周囲には畑や田圃などが残っており、虫が多い田舎町だ。

さすがに自宅を仕事場にしているので、大変な引越しだった。引越しのプロも唖然とする段ボール300個。
そのほとんどがびっしり詰まった資料図書なので、その重量たるや想像を絶するものである。
ちなみに引越しから2ヶ月経過しているにも関わらず、まだ1/3の荷物は未開封のまま。
新しい家ではやるべきことがいっぱいなのである。

なにしろ3人家族にも関わらず5つも部屋のある家に越したので、モノの移動だけで重労働なのである。
さらに築20年という古い家を借りたので、そのメンテナンスが大変なのだ。

この夏はずっと庭の雑草を抜き、鍬やスコップで庭を耕していた。多くの家具や家の一部にペンキを塗り続ける日々。
新しい家に引越してきてから鍬やスコップはいうまでもなく、
多くの園芸道具や電気ドライバーやノコギリなどの工具類が我が家に大量に増えた。

しかし、この新しい仕事場(自宅)は快適だ。
昼間は汗びっしょりになって、肉体労働に精を出す。
汗が顎から滴り落ちる感触を味わうのは何年ぶりだろう。
仕事を終えるとシャワーを浴びてアイスクリームを食べて、自然の風が吹く和室で昼寝をする。
その後専用線のつながった仕事場で仕事をこなし、家族で晩飯を食べ、夜は仕事をしたりゲームをしたり本を読んだり…。

なんでこんなあたりまえな事が今まで出来なかったのか? 
今の生活を考えると、過去の不規則な生活や、不安定な人間関係などが嘘のように思える。
ちなみに仕事は相変わらず不安定なままだけど(笑)。

そんな新しい家で、私は新しい仕事を開始した。
その中のひとつに自分のWebサイト、つまりシリコンカフェをリニューアルする事を開始した。
引越し以前のマンションは構造上の問題で新しい回線を引き込む事ができずに、
私はモデムによるダイヤルアップ接続で仕事をしていた。
けどここに越してからはフレッツISDNを導入することができ、さらに先週はフレッツADSLで接続できるようになった。

Webに関わる仕事を本業にしている私が、今までモデムによる接続環境で仕事をしていた…
というと結構周囲の皆さんは驚かれるようだ。けどモデムで「ひゅー、ががががが」という音を聞きながらでも
Webの仕事はできていたのである。

それが常時接続、それもADSLになったのだから私にしてみれば嬉しくて仕方がない。
家庭内LANの感触でWebサーバーにアクセスできる感覚ってのは、今さらながら感動する。

それゆえに、私は自分のサイトを本格的にリニューアルすることを決心した。
毎日日記をつけるように、毎日の生活の延長として自分のサイトを日々成長させていこうと心に決めた。
今までにも何度か姑息なデザイン変更(笑)みたいなリニューアルはしてきたが、
今回は本気でシリコンカフェのサイトを私自身の発言の場所として活動していこうと決めている。


今までに、雑誌等の執筆やセミナーやトレーニングという仕事も多く行なってきたが、
今回はそれらをすべてWebで行なっていこうと思っている。
雑誌に執筆するならWebで原稿を発表する。セミナーはさすがに実際に会場に足を運ばないといけないが、
それでもセミナーに匹敵するような内容のコンテンツをWebで行っていくつもりだ。

そして、私が自分のWebサイトに専念するため、このデジクリに書く原稿も今回で最後にさせていただきたいと思っている。
思えば4人でスタートしたデジクリだったが、最初の夏に私は編集長という立場を降りている。
その後も「アソシエーツ」という肩書きをいただいてはいるものの、私はデジクリに対して何の貢献もしていない。

毎日の編集作業はもちろん、イベントなどの事業もそうだし、メーリングリストにすら参加していないのだ。
それは自分にとって、デジクリよりも自分のことの方が大切だったからだ。
そして、これからはさらに自分のやりたいことに専念していくことになる。
そこで今回「アソシエーツ」という肩書きも外させてもらうことにした。

これからの私は、多くの読者の皆さんと同じ、いちクリエイターとしてデジクリを読んで、
時々自分の活動の報告をニュースとして掲載してもらう立場になる。

デジクリは4人で開始した媒体だが、私はスタート時のわがままをやらせてもらっただけで、
本当に大変だったのは柴田さんと濱村さんだ。

あらためてここで感謝の言葉を述べさせていただきたい。
まじでよくもまあ、これだけの読者を持つ媒体になったものだと感心する。

そして、私自身もデジクリに負けないように、シリコンカフェを成長させていこうと思っている。
デジクリ出身者として、途中で挫折することなく(笑)これからもWebの中で等身大でいるつもりだ。

そんなワケで、いつもでシリコンカフェに遊びに来て下さい。
デジクリを目指して有益なコンテンツを構築できるように頑張りますので。

本当にいままでありがとう。そして、これからもよろしく!

私にとっての夏は、決別と再生の季節なのだ。

最後の原稿に際して、デジクリのスタッフの皆さんからも、コメントをいただきました。
▼神田さんにそそのかされた森川さんが、「日刊メルマガやろう」と誘ってきたのがそもそもデジクリの発端ですから、
生みの親が去ってしまうのは「あれま?」というかんじですが、
もともと森川さんは次々と新しいものを手に入れたがるワガママでジコチューな人ですから、
「次はなにかい?」という期待をこめて「りょうかい」とお返事しました。
森川さんを「眠らない男」と名付けたのはわたしです。
森川さんには、寝ないでがむしゃらやらないといけなかった大変な時代が確かにありました。
「早く人間になりたい」と思っていたはず。
どうやらいま実現した人間らしい暮らし。途中で挫折することなく(笑)おたがいにがんばりましょう。(柴田)


▼高山と 海こそは 山ながら かくも現しく 海ながら 
 然真ならめ 人は花物そ うつせみの世人
 作者不詳                          (濱村)


▼KNN神田です。森川さん、今までごくろうさまでした。また、新たな門出に向けてがんばってください。
思いおこせば、関西の日刊KIPを発刊している頃に、クリエイター向けのメルマガをやりませんか?
って森川さんに話しを持っていったのが、日刊デジクリのきっかけでしたね。
紙媒体のアトム税を気にせず、またどこの誰も参入していなかった頃だった頃こそ、
やる意味がありました(いつも早過ぎるのですが…)。
そして、その森川さんを影となり支えていたのが濱村デスク、
そして、当時「編集長はつらいよ」というBBS型ウエブマガジンでリンクしていた柴田編集長という面々で
「日刊デジタルクリエイターズ」がスタートしました。あれからもう数年なんですね(まるで去年のようです)。
いろんな思い出がありますが、今のこの形態に落ち着いたのは、柴田さん、濱村さんの尽力と、
そして忘れてならないのが、森川さんが、「それ、やろ!やろ!」と快諾し、
故・タワーズという会社まで動かしてくれた森川さんのパワーにあります。
今度の森川さんの文面によると、都心の郊外という解説がありましたが、
北海道であっても、沖縄であっても、レニングラードでも、タヒチ島であっても、"眠らない男"にとって、
常時接続は最大の武器となることでしょう! また、随時、近況はデジクリでお知らせください。(神田)
 

  

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